都市貧困の現場「スラム」とは?その発生と課題
はじめに:世界の都市化と貧困
世界の人口は増加を続け、特に開発途上国では都市部への人口集中が進んでいます。多くの人々がより良い仕事や生活を求めて都市に移り住みます。しかし、都市が急速に拡大する一方で、全ての人が適切な住居や仕事を得られるわけではありません。その結果、都市部において特有の貧困問題が発生しています。その代表的な例が「スラム」と呼ばれる居住地域です。
このページでは、都市貧困の現場として世界中に存在するスラムに焦点を当て、それがどのような場所なのか、なぜ発生するのか、そしてそこで暮らす人々がどのような課題に直面しているのかを、初心者向けに分かりやすく解説します。
スラムとは何か?
「スラム(Slum)」とは、一般的に、適切な居住環境、基本的なインフラ(電気、水道、衛生設備など)、そして法的な居住権などが著しく不足している都市部の非公式な居住地域を指します。国際連合人間居住計画(UN-Habitat)などでは、「非公式居住地(Informal Settlement)」といったより包括的な用語も用いられます。
スラムの特徴として、主に以下の点が挙げられます。
- 劣悪な居住環境: 多くの家屋が不安定な素材(廃材など)で作られており、密集しています。換気が悪く、衛生状態も劣悪な場合が多いです。
- 不十分なインフラ: 安全な飲料水、電気、適切な下水設備、ゴミ収集サービスなどが十分に整備されていないことがほとんどです。
- 不安定な土地権利: 住民は土地の所有権や正式な賃貸契約を持っていない場合が多く、立ち退きの脅威に常にさらされています。
- 社会サービスの不足: 教育、医療、警察などの公共サービスが不足していたり、利用が難しかったりします。
- 高い人口密度: 限られた土地に非常に多くの人が暮らしているため、過密状態です。
なぜ都市にスラムが発生・拡大するのか?
スラムの発生と拡大は、貧困だけでなく、急速な都市化、経済構造、政策など、様々な要因が複雑に絡み合って起こります。主な原因としては以下のような点が考えられます。
- 農村からの移住: より良い機会(仕事、教育、医療など)を求めて農村部から都市部へ多くの人々が移住しますが、都市には全ての移住者を受け入れるだけの十分な雇用や手頃な価格の住宅がありません。
- 雇用の不足と低賃金: 都市部には仕事があるように見えても、安定した正規雇用は限られています。多くの移住者は、非公式経済(インフォーマル経済)と呼ばれる、不安定で低賃金な仕事(路上での物売り、日雇い労働など)にしか就けず、十分な収入を得られません。
- 手頃な住宅の不足: 都市部では、正規の住宅市場における家賃や地価が高騰しており、低所得者が購入したり借りたりできる住宅が圧倒的に不足しています。
- 土地や住宅に関する政策の不備: 都市計画が不十分であったり、土地所有権が不明確であったりすることが、非公式な居住地の拡大を招くことがあります。
- 災害や紛争: 自然災害や紛争によって住む場所を追われた人々が、安全や機会を求めて都市部に流入し、スラムを形成・拡大させることもあります。
スラムで暮らす人々が直面する課題
スラムで暮らす人々は、劣悪な居住環境に起因する健康問題や、不安定な生計など、様々な困難に直面しています。これらの課題は、貧困を固定化し、「貧困の連鎖」を招く要因となります。
- 健康問題: 不衛生な環境、安全でない水、不十分な栄養、医療サービスへのアクセスの困難さなどから、感染症や栄養失調にかかるリスクが高まります。
- 教育の機会の制約: 学校が遠い、学費を払えない、家計を助けるために働かざるを得ないなど、子どもたちが教育を受ける機会が限られます。教育の機会を失うことは、将来の安定した職に就く可能性を低くし、貧困の連鎖につながります。
- 安全と治安: スラムは犯罪の温床となりやすく、住民、特に女性や子どもたちは暴力や搾取の危険にさらされることがあります。
- 権利の欠如: 土地の権利がないため、いつ立ち退きを求められるか分かりません。また、多くの場合、都市の正式な住民として認められず、選挙権がない、社会保障サービスを受けられないなど、基本的な権利が保障されないことがあります。
- 生計の不安定: 多くが非公式経済で働いているため、収入が不安定で低く、失業しやすい状況にあります。貯蓄が難しく、病気や怪我など不測の事態に対応できません。
- 社会的排除と差別: 正式な都市住民との間に隔たりがあり、しばしば差別や偏見の対象となります。
スラムの課題への取り組み
スラムの課題に対する取り組みは、居住環境の改善だけでなく、住民の生活全体を向上させる多角的なアプローチが必要です。国際機関、各国政府、そして様々なNGOや地域コミュニティ自身が協力して取り組んでいます。
主な取り組みの例としては、以下のようなものがあります。
- インフラ整備: 安全な水の供給、衛生設備(トイレ、下水)の設置、電力供給、道路整備など、生活環境の基礎を整える活動。
- 住宅改善・再開発: スラムの物理的な環境を改善したり、住民の意見を取り入れながら段階的に安全な住宅を建設したりするプロジェクト。ただし、住民のコミュニティや生計が破壊されないよう慎重な配慮が必要です。
- 土地権利の保障: 住民に土地の正式な権利を与えたり、居住の安定を保障したりする取り組み。
- 社会サービスの拡充: 保健医療サービスや教育へのアクセスを改善するための取り組み。
- 生計向上支援: 職業訓練、小規模ビジネスへの資金援助(マイクロファイナンスなど)、協力的な経済活動の促進など、住民が安定した収入を得られるように支援する活動。
- コミュニティ開発: 住民組織の形成を支援し、住民自身が問題解決や改善活動に参加できるようにする取り組み(参加型アプローチ)。
これらの取り組みは、スラムで暮らす人々の生活の質を向上させ、貧困からの脱却を支援するために不可欠です。
まとめ:都市貧困の複雑さ
スラムは、単に「貧しい人が集まっている場所」というだけでなく、急速な都市化、経済格差、政策の課題などが複合的に生み出した都市貧困の具体的な現場です。そこで暮らす人々は、居住環境、健康、教育、権利、生計といった多岐にわたる困難に直面しています。
スラムの課題解決には、物理的な改善だけでなく、住民の権利を保障し、教育や雇用機会を創出し、コミュニティの力を高めるなど、人権に基づいた包括的なアプローチが重要です。都市貧困、特にスラムの問題を理解することは、世界の貧困問題の全体像を捉える上で欠かせない視点と言えるでしょう。