世界の貧困をどう測る? 主な貧困指標の見方
世界の貧困を「測る」ことの重要性
世界の貧困問題について考えるとき、まず疑問に思うことの一つは、「貧困とは具体的にどのような状態を指し、それはどのように測定されているのか?」ということではないでしょうか。貧困を正確に理解し、効果的な対策を立てるためには、その規模や特性を客観的に把握することが不可欠です。この「測定」のために用いられるのが「貧困指標」です。
貧困指標は、特定の基準に基づいて人々がどの程度貧しい状態にあるかを示します。これにより、問題の深刻さを数値化し、時間の経過による変化を追跡し、特定の地域やグループに貧困が集中しているかどうかを分析することが可能になります。また、国際社会や各国政府が貧困削減のための目標を設定し、その進捗を評価するためにも、貧困指標は重要な役割を果たします。
このページでは、貧困問題への第一歩として、世界の貧困を測る上でよく用いられるいくつかの主要な貧困指標について、その考え方や見方を分かりやすく解説します。
主な貧困指標:絶対的貧困線と多次元貧困指数
貧困の測定には様々なアプローチがありますが、ここでは代表的なものを二つご紹介します。
1. 絶対的貧困線(International Poverty Line)
絶対的貧困とは、生きていく上で最低限必要な衣食住などが満たされない状態を指します。国際的な文脈で最も広く用いられているのが、世界銀行が定めている「国際貧困ライン」に基づく絶対的貧困の定義です。
- 1日1.90ドル(購買力平価): 現在、国際貧困ラインとして最も一般的に参照される基準は、1人1日あたり1.90ドル未満で生活しているかどうかです。これは、各国の物価水準の違いを調整した「購買力平価(PPP: Purchasing Power Parity)」に基づいています。つまり、1.90ドルがどの国でも同じ購買力を持つと仮定して計算された金額です。
- 意味するところ: この基準を下回る人々は、食料や水、最低限の医療、シェルターなどの基本的なニーズを満たすのに極めて困難な状況にあると見なされます。
- 貧困層の把握: この指標を用いることで、世界全体や特定の国において、最低限の生活水準に満たない人々がどれだけいるか(貧困人口)や、その割合(貧困率)を把握することができます。例えば、「世界の絶対的貧困人口は〇億人」「アフリカの貧困率は〇〇%」といった数字は、この基準に基づいて計算されていることが多いです。
補足: この基準は物価変動などを考慮して見直されることがあります。かつては1日1ドル、その後1.25ドルと引き上げられてきました。
2. 多次元貧困指数(Multidimensional Poverty Index: MPI)
所得や消費だけで貧困を捉える絶対的貧困線の考え方はシンプルで分かりやすいですが、貧困は経済的な側面だけでなく、教育、健康、生活水準など、様々な側面が複雑に絡み合っています。多次元貧困指数(MPI)は、このような貧困の多面性を捉えようとする指標です。
- 複数の側面を考慮: MPIは主に以下の3つの側面(ディメンション)における剥奪(はくだつ、必要なものが不足している状態)を測定します。
- 健康: 栄養状態、児童死亡率など
- 教育: 就学年数、子どもの就学状況など
- 生活水準: 飲料水、衛生施設、電気、調理燃料、床材、資産の所有状況など
- 計算方法: これらの各側面において、特定の基準(例:5年以上学校に通っていない、清潔な水を利用できないなど)を満たさない場合に「剥奪されている」と見なされます。家庭ごとに、どの側面に剥奪があるかを評価し、その合計が一定の閾値を超えた場合に、その家庭の人々は「多次元貧困」にあると判断されます。
- 意味するところ: MPIは、「貧しい人々が何人いるか」だけでなく、「どのような剥奪を複数経験しているか」をより詳細に示します。これにより、所得は低くなくても、教育や健康の機会に恵まれなかったり、劣悪な生活環境に置かれていたりする人々の状況も捉えることができます。
補足: MPIは国連開発計画(UNDP)とオックスフォード貧困・人間開発イニシアティブ(OPHI)によって開発され、UNDPが発行する人間開発報告書などで発表されています。
貧困指標の見方と限界
これらの貧困指標を見る際には、いくつかの点を理解しておくことが大切です。
- 基準の違い: 絶対的貧困線と多次元貧困指数では、貧困を定義する基準が異なります。絶対的貧困線は主に所得や消費に焦点を当て、極度の物質的欠乏を示すのに対し、MPIは所得以外の側面も含めたより広い意味での剥奪状態を示します。
- スナップショットとしての指標: これらの指標は、ある時点での貧困の状況を示す「スナップショット」のようなものです。人々の生活は常に変化しており、一時的なショック(病気、災害、失業など)によって貧困に陥るリスクや、貧困から抜け出すまでの道のりといった、動的な側面を完全に捉えることは難しい場合があります。
- 平均値の限界: 国全体の貧困率といった平均値は、国内の地域格差や特定の社会集団(女性、子ども、少数民族など)における貧困の集中を見えにくくすることがあります。より詳細なデータ分析が不可欠です。
- データの課題: 特に開発途上国では、正確でタイムリーなデータを収集すること自体が大きな課題となることがあります。
まとめ:指標を理解し、問題への理解を深める
絶対的貧困線や多次元貧困指数といった貧困指標は、世界の貧困問題の規模や構造を理解するための強力なツールです。これらの指標がどのような考え方に基づいて計算されているのかを知ることで、「〇億人が貧困状態にある」といったニュースの数字が具体的に何を意味するのかをより深く理解できるようになります。
貧困問題は、単に所得が低いというだけでなく、教育の機会がない、病気になっても医療を受けられない、安全な水が得られないといった、人間の基本的な権利や機会の剥奪と密接に関わっています。様々な貧困指標を見ることで、この問題の多面性や複雑さを認識し、より包括的な視点を持つことができるでしょう。
これらの基本的な指標の理解は、貧困問題の現状を知り、国際社会や様々な組織が行っている取り組みの意義を考える上での大切な一歩となります。